初詣
遅ればせながら、初詣に行ってきました。
毎年決まった神社にお参りに行くのですが、三が日に行くことができないので、だいたいこの時期に行きます。何とか1月中には行くようにしています。
三が日を過ぎたとはいえ、2016年始まって十日程度では、
まだまだ参拝客が多くいるため、大変賑やかでした。
参拝を終え、昨年頂いたお守りを納め、新しくお守りを頂きました。
そして、おみくじを引いて今年の運試しです。
結果は「半吉」。
これはどのレベルの吉なのでしょうか?
吉の半分だから中吉と思っていいのでしょうか。
内容を見てみると、いいことばかり書いてはありませんでした。
「気苦労は多いが、何事も謙虚に努力して励めば幸い来たる。」という内容で、努力せよ、とのことでした。
ありがたい戒めですね。
ここで「努力」ということについて、改めて考えてみました。
私は努力しているのか?胸を張って頑張ったと言えることがあるのか?
毎日仕事を頑張っている。まずその事が思い浮かびました。
だけど、仕事を頑張るのはなぜ?
私が仕事をする一番の理由は、生活のためです。それがほぼ100%です。
そうだとしたら、仕事をするのは当たり前のことで、そんな当たり前のことを「努力」している、と言っても良いのだろうか?
もちろん、いい加減に仕事をしたり、手を抜いたりすることはないし、きっと社会的には努力していることとして認められると思います。
私が仕事を努力の対象として容易に認められないのは、たぶんそこに目標が伴わないからではないかと思います。
仕事は生活のためであって、出世するためであったり、新しい仕事を早く任されたいためではありません。
思えば、大学を卒業してからは、目標や欲求といったものが随分少なくなったような気がします。しかし、それを悪として捉えることはありません。それはそれで、自分らしいかなと思っています。ただし、目標を持って生きている人には憧れています。羨ましく思っています。これがあるから頑張れる、そんな物があれば、きっと生活に張りがあることでしょう。
今年の目標は何ですか?
こう聞かれると、言葉に詰まります。
一つは「我慢しないこと」なのですが、達成の基準が明確ではない目標です。
どちらかというと、日々の心がけ、といったところでしょうか。
それ以外の目標は、これから見つけることとします。
今年もゆるく生きることになりそうです。